เข้าสู่ระบบ部屋を片付けていると、背後で静かにドアが開く音がした。
振り返らなくてもわかったのは、甘ったるい香水の匂いがしたからだ。あれからまだ十分もたっていないのに、もう急かしに来たのだろうか。「まだ終わってないわ」
振り返らずにそう言うと、後ろでドアが閉まったのが分かった。仕方なく振り返ると、そこには美咲だけが立っていた。
「恒一さんは?」
別に興味はないがそう聞くと、美咲は「お風呂よ」と答えた。時間からして、食事をしてきたのかどうかもわからないが、こんなに早いとは思わなかったし、昼間の父の電話のこともあり、今日は作っていない。
「へえ、確かにゲストルームよりこっちの部屋の方が広いわね」
私の横をすり抜けて部屋の中に入ると、見回しながら美咲がそう口にする。特に何も答えずにいると、美咲は壁にもたれ、私に視線を向けた。
「ねえ、私がここに来た理由、なんだと思う?」
クスっと可愛らしく聞く美咲に、私はまとめていた荷物から顔を上げ、彼女を見据えた。
「両親が海外に行くからじゃないの?」
父から聞いたままの言葉を返すと、美咲は微笑を浮かべて何度か首を縦に振った。
「そうよ。ひとりになっちゃうから、私、寂しかったの。お姉さんがいてくれたら、家族が一緒にいられるでしょう?」
その言葉にさすがに苛立ちを隠せず、私は表情をゆがめた。
「さすがにそんな言い訳、信じない」
淡々と言うと、美咲は少し驚いたような表情を浮かべた。
「へえ、お姉さん、私のことわかってるんだ」
ここまであからさまにされて、わからないということなどありえない。そう思っていると、衝撃の言葉が降ってくる。
「でも、ずっとずっとそうだったって知ってた? 私、ずっと、お父様にもお母様にも、そうやってお姉さんのこと言っていたのよ」
「え?」
両親が私に冷たいのは母のことがあったからだと思っていた。もちろんそれもあるかもしれないが、美咲があることないこと言っていたため、父もあの態度だったのか……。
妙に腑に落ちた私だったが、それを今知ったからといって何も変わらない。
「そう、別にどっちでもいいわ」
私がそう答えると、美咲は初めて表情をゆがめた。
「つまらない」
「何か言った?」
呟いた美咲の言葉を聞き取れず聞き返すと、いきなり美咲が、
「ごめんなさい! お姉さん!!」
そう大声で叫んだ。
「ごめんなさい! お姉さん!!」
その甲高い叫び声が部屋に響いた直後、廊下の向こうから慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
「美咲!!」
息を切らせた恒一さんが駆け込んでくる。シャワーを浴びたばかりなのだろう、濡れた髪からはポタポタと水滴が床へ落ちていた。
その姿を視界に入れた瞬間、美咲は糸が切れたようにその場へ崩れ落ち、片手で頬を押さえながら苦しげに顔を歪める。
「どうしたんだ!?」
駆け寄った恒一さんが声を荒げると、美咲は今にも泣き出しそうな声で、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「さっきは……恒一さんがいたから、お姉さんは了承してくれたけど……やっぱり部屋を譲るのは嫌だって……」
震える声とともに肩を小さく揺らしながら、さらに続ける。
「そうよね……私はただの居候だもの……謝ったけど、許してくれなくて……」
その言葉に、恒一さんの表情が一瞬で険しく変わった。
「それで、叩かれたのか?」
低く押し殺した声でそう言うと、ぎろりとした視線がまっすぐに私へ向けられる。
「そんなことしてないわ。譲るって言ったじゃない。もうすぐ片付けも終わる……」
できるだけ落ち着いた声でそう返したが、その言葉が届いている様子はなかった。
恒一さんは怒りをたたえたままの瞳で私を一瞥したあと、床に座り込んでいる美咲の身体をそっと抱き起こす。
「美咲、もういい。今日は俺の部屋においで」
「え?」
あまりにも当然のように告げられたその言葉に、思わず声が漏れた。
この家にはゲストルームがいくつもある。それなのに、どうして――。
「譲るって言ってるでしょう? 今すぐ部屋が必要なら、ゲストルームがあるじゃない!」
思わず語気が強くなる。
だが、それに対して返ってきたのは、冷たく突き放すような一言だった。
「お前が美咲に何をするかわからないからな」
その言葉に、一瞬思考が止まる。
「昔から美咲をいじめていたことは聞いていたが……ここまでひどいとはな」
信じられないものを見るような目で私を見据え、そして吐き捨てるように続けた。
「お前みたいな最低な女、見たことがない」
それだけを言い捨てると、二人は部屋を出て行った。
ありえない。あんなわかりやすい美咲の嘘をみんな信じていたなんて……。
いや、小さい頃からずっと、私のことをそうやって美咲が偽りを言い続け、信じ込ませたーー。
バカ見たい。どれだけ努力をしようが、私が何をしても変わることなどなかったのだ。
もういい、それだけが心の中を占拠していった。
そのあと、何を話したのかよく覚えていなかった。どうして部長はこんなことに協力してくれるのか、どうして再会してしまったのか。そんなことを考えればきりがないが、私にとっては奇跡のようなことだ。無理やり結婚をさせられ、夫は義妹と愛人関係にあり、それをあっせんする父。もしかしたら、命すら狙われる可能性もある。そこまで腐っていないと思いたいが……。「どうした? やっぱりやめるか?」その問いに、私はハッとして顔を上げた。部長はただ私に視線を向けているだけで、何を考えているのかは読めない。「いえ、お願いします」そう答えると、部長は小さく頷いた。これから不倫をしようとしている男女とは思えないほど張り詰めた空気に、どこか現実味がない気がしていた、そのときだった。不意に、目の前から「それにしても……」と声が落ちる。それにしても、何だろう――そう思いながら、私はゆっくりと顔を上げた。「仕事のとき、よく身分を隠して普通に働いていたな」それは、家の仕事をするなり、働かなくてもよかったのではないか――そんな意味合いだろう。「そんな、いいものではないんですよ。お金があったって」自虐的な言葉がこぼれてしまい、私はハッとする。「すみません。こんな話……」慌てて謝罪すると、部長は初めてわずかに表情を歪めて、「悪い」と小さく呟いた。「あの時……俺に相談しなかったのは……」それは、結婚するのに想いを伝えるのは不誠実だから、迷惑だから――そんな言い訳はいくらでもある。けれど本当は、気持ちが伝わってしまって、冷たく拒否されるのが怖かった。そう、ただ怖かったのだ。これから起こる現実も、部長のそばにいられなくなることも。でも、そんなことを言っても今さらだ。「離婚……ができたら、きちんとお礼をして、目の前から消えますね。部長は、私が既婚者だって知らなかったことにしてくれればいいので」不倫をすれば、部長にも迷惑がかかる。だから、私が離婚のために騙した――そういう形にするのが、彼にとっては一番いいはずだ。私は自由さえ手に入ればいい。海外にでも行けばいい。それくらいのお金は残るだろうし、仕事だってできる。そう考えながら、私は彼に笑って見せた。不倫をするのなら、このまま部屋に来るのだろうか――そんなことを考えていたが、食事を終えたあと、部長は何も言わずに席を立
さっきは離婚ができない理由までは話していなかった。嫌なら離婚すればいい、そう思うのは当然だ。「夫、そして私の父も承知しないでしょうね。どんなことがあっても」「それはどうして?」ごもっともな言い分に、私は苦笑しつつ口を開く。「私のお金が目当てだから。離婚をしたら手に入らないでしょう?」アルコールのせいもあるのか、自嘲気味な言葉を発してしまったが、少しふわふわとした気分になってくる。「私はお金なんていらないから、とりあえず離婚したいんです」最後は本音が零れ落ちて、我に返る。「そんなことがあって、家を出てこのホテルに」最後は彼の問いの答えになっただろう。このホテルに来た理由は単純に家出だ。しばらく、沈黙が続く。「これからどうするつもりだ?」メインが運ばれてきたころ、そう尋ねられ私は「そうですね……」とつぶやいた。「家にバレないように弁護士の先生を雇って、家を借りて……でも、足がつくから、誰か男の人でも見つける? 私が浮気をしたら、不貞で離婚できますかね?」お酒の勢いというものは怖い。いつもなら絶対に考えないことが口をついた。でも、不倫相手を見つけて、自分の不貞でもなんでも、慰謝料を払ってでも離婚できればそれでいい気がしてきた。「そうすれば、住む場所も見つかるし一石二鳥ですかね? なんて……冗談……」少しおどけて言って見せた私だったが、まっすぐな部長の視線に笑顔をひっこめる。「じゃあ、俺と不倫すればいい」一瞬、意味が理解できなかった。「……え?」思わず間の抜けた声が出たが、部長は表情を変えないまま続ける。「証拠を作る。言い逃れできない形で。弁護士も俺が用意しよう」その言い方は、まるで仕事の提案のように冷静だった。「慰謝料は払うつもりはあるんだろ?」「それはもちろんそうですが……」慰謝料でもなんでも払ってでも離婚して、復讐をしたい。それはそうだが、部長を巻き込んでいいのだろうか。「……本気で言ってるんですか」問いかける声が、わずかに震えた。部長は迷わず頷く。「本気だ」短い一言。自分から提案したことだが、逃げ道がなくなる気がした。「嫌ならやめろ」淡々と続けられ、私はごくりと唾を飲み込んだ。ずっと憧れていて、好きだった人。その人と不倫――。相手としてはこれ以上ない人だ。でも、あの両親、夫と部長を関わらせれば、迷
「……飲めるか?」会社にいた時、飲み会の席はもちろんあったが、家のこともありあまり出席をしていなかった。部長が私がアルコールを飲むか飲まないかは知らないだろう。私自身、それほど得意ではなく、ほとんど口にしないが、今日はなんとなくいろいろなことがあり気持ちも高ぶっていて、飲みたい気分だった。「少しだけなら」そう答えて、口をつける。渋みと香りがゆっくりと広がっていくのに、心だけが落ち着かない。向かいに座る部長は、相変わらず無駄のない所作でグラスを持ち上げていた。何も聞かないのは怒っているからだろうか……。沈黙が落ちる。それに耐えきれなくなったのは、私のほうだった。「本当にご迷惑をおかけしました。あの時は」あの日の部長の表情は今でもはっきりと思い出せる。怒り、失望、そんなところだろうか。「食べたいものは?」その時、個室の扉がノックされたのが分かり、部長の返事はなく、質問に変わる。「お任せしてもいいですか?」到底魚だの肉だの言えるわけもなく、私はそう答えた。またもや沈黙になってしまい、私は泣きたくなってきてしまう。助けてもらいたい、そう思っていた人だが、目の前にいざいるとなると、彼に何をしてもらおうというのだ。「あの、やっぱり私……」料理も頼んでしまった上に、このまま帰るなんて本来許されるわけはないのに、そう口にしていた。「どうしてこのホテルにいたか聞いてもいいのか?」今まではワイングラスに視線を落としていた部長の瞳が、まっすぐに私とぶつかり、ごくりと唾を飲み込む。「私、結婚したんです」この言葉から言う必要は全くなかったが、動揺していた私はそう口にしていた。「結婚して夫となった男と泊まりにきた……そんな雰囲気はないな」その言葉から、部長の感情は読み取れず、私はまだ考えがまとまらないまま、契約結婚だったこと、義妹が現れたこと、だから、仕事もできなくなったことをとりとめなく話してしまった。過去の部下のこんな不幸な話を聞くなど、まったく面白くもないだろうし、言われたところでどうにもできないはずだ。「こんな話……ごめんなさい」最後に申し訳なさからそう謝罪すると、目の前のワインを一気に飲み干した。まだ食事もしていないところに、多くのワインが入り、胃がカッと熱くなるのが分かった。そこへ美しい前菜が運ばれてきた。「食べよう」ただ
時間だ。そう思い、私はゆっくりと立ち上がった。袋から取り出したネイビーのドレスに袖を通し、簡単に髪を整える。鏡に映る自分は、ほんの少しだけ背筋が伸びて見えた。深呼吸をひとつして、私は部屋を出た。エレベーターに乗り込み、静かに上昇していく中で、無意識に背筋が伸びる。やがて最上階に到着し、扉が音もなく開いた。一歩外へ出ると、そこは先ほどのフロアとはまるで別世界のような静けさに包まれていた。柔らかな照明に照らされた通路の先にはレストランの入口が見え、その手前には数人の男性たちが集まり、低い声で何かを話している。いかにも仕事のできる男たち――そんな言葉が自然と浮かぶ。無駄のないスーツの着こなし。わずかな仕草にも隙がなく、その場の空気だけが少し張り詰めているように感じられた。私はその集団に視線を向けないようにしながら、横を通り過ぎる。やはり一人でレストランに入るのは気後れしてしまう。そう思った、そのときだった。「――久しぶりだな」背中に落ちた低い声に、心臓が一瞬だけ跳ねた。振り向かなくてもわかる――そう思った自分に、なぜか落胆にも似た感情が広がる。それでも、ゆっくりと顔を上げる。視線の先、集団の中から一人、こちらへと歩み出るのが見えた。――小松部長。電話をかけようとして、結局できなかった相手が、今、目の前にいる。現実なのかどうか、うまく理解が追いつかない。それでも、目の前の彼はあの頃と何も変わらない、無駄のない立ち姿でそこにいた。いや、むしろ以前よりもいっそう洗練され、静かな迫力すらまとっているように見える。「……部長」名前を呼ぶだけで、喉がわずかに乾いた。彼は軽く頷くと、周囲の男たちへ短く視線を送り、何事かを一言二言交わす。すると、その場の空気が自然にほどけ、彼らは一歩引くように距離を取った。このまま「では」と言ってレストランに入ってしまってもいいのだろうか――そんな考えが頭をよぎる。だが、その前に彼がこちらへ歩み寄ってきた。「……こんな場所で会うとは思わなかったな」淡々とした声。責めるでもなく、詮索するでもない。それがかえって、申し訳なさを呼び起こす。「……私もです」それだけしか返せず、次の言葉を探すものの見つからず、私はわずかに唇を噛んだ。「お二人ですか?」気づけばレストランの前まで来ていた。スタッフが穏やか
あの二人と別れ、部屋に戻ってしばらくすると、インターフォンが鳴り、私は思わずびくりと肩を揺らした。まさか――。そう思ったものの、すぐに首を振る。ここはあの家ではない。そんな無遠慮なことが許される場所ではないはずだ。玄関へ向かい、扉越しに声をかける。「……はい?」「お届け物でございます」その一言に、張り詰めていたものがわずかに緩む。扉を開けると、そこにはホテルスタッフだろう女性が立っていた。完璧に整えられた姿勢と所作は、先ほどフロントで見たものと同じで、無駄な動きが一切ない。「こちら、ホテルからのサービスでございます」そう言って差し出されたのは、先ほどのドレスショップの袋だった。一瞬、理解が追いつかない。袋を受け取り、中を覗く。そこに入っていたのは――先ほど、私が手に取ったあのドレスだった。「あの、どうして……」思わず口にしかけて、言葉が途切れる。もしかして、あのあと何かあって、私に回ってきたのだろうか。それとも、宿泊者であることが伝わって、店側からの配慮として――。いくつか理由を考えるが、どれも決定打にはならない。それでも、とりあえず代金を支払うべきだと思い直し、私は顔を上げた。「代金を取ってきますので、少しお待ちいただけますか」そう言って踵を返しかけた、そのときだった。「サービスでございます」柔らかな声が、背中に落ちる。振り返ると、女性は変わらぬ微笑を浮かべていた。だが次の瞬間、袋をこちらの手へと軽く押し戻すようにして、半ば強引に持たせる。「でも……」戸惑いを口にすると、女性はさらに穏やかに微笑む。「それでは、チェックアウトの際にご確認いただけますでしょうか。私どもの役目は、お届けすることですので」その言葉は丁寧だったが、これ以上踏み込ませないという意思もはっきりと感じられた。ここで押し問答を続けても、彼女を困らせるだけだろう。「……わかりました」そう答え、軽く頭を下げる。「ありがとうございます」「あと、こちらも必要でしたら」そう言って差し出された小さなボックスには、メイク用品やアクセサリーが収められていた。最低限のものは持ってきているが、派手なメイクを嫌う恒一さんに合わせていたせいで、手元にある化粧品は驚くほど少ない。これも後で清算すればいい。そう考え、私はそれを受け取った。「最後に、夕食
私はその問いに声を返すことなく、店内へと足を踏み入れた。あえて迷う素振りも見せず、一着のドレスを手に取る。深いネイビーのシルク。落ち着いているのに、光の角度によっては艶やかに表情を変える。初めて入る店だが、どれも目を引くものばかりで、質の良さが一目でわかった。「聞いているのか?! どうして家で掃除をしていない」私の態度に苛立ったような声が背後から落ちる。だが、私は手を止めることなく、そのままドレスを見ていた。「こんなところで、何をしているんだ」これ以上は店にも迷惑だろう。私はハンガーにかかったドレスの裾を軽く整えながら、二人のほうへと向き直る。「服を買いに来ただけよ」それだけを告げて、ようやく視線を上げる。「何か悪い?」恒一さんの眉がわずかに寄る。その反応を見てから、私はもう一着、今度はより華やかなドレスを手に取った。淡い色合いのそれは、この場でも目を引く一着で、普段の自分なら手に取ることすらなかったものだ。「……そんなものを、どこに着ていくつもりだ」呆れと苛立ちが混じった声に、私は軽く肩をすくめる。「別に、あなたに関係ある? 欲しいと思ったから、買うだけよ」「関係あるだろ!」恒一さんがそう言ったあと、美咲がそっと口を開いた。「お姉さま……」遠慮がちな声と、今にも泣きそうな表情に、心の中で私はため息をつく。「こんな高いお洋服……大丈夫なんですか?」心配するような口調だが、言いたいことは分かる。「恒一さんのお金、ですよね……?」小さく言葉を続ける。「私、そういうの……あまりよくないと思ってしまって……ごめんなさい」申し訳なさそうなその言葉に、周囲のスタッフの視線までもが、わずかにこちらへ寄るのを感じた。この人たちはどう思っているのだろう。女が二人に男が一人。寄り添っている男女が、一人の女性に金を使うなと言っている。「お姉さま」と呼んだのだから、二人が姉妹だということは分かるはずだ。ならば、妻は美咲だと判断するだろう。妹の夫の金を使う姉――そんなところか。ため息をつきたいのを抑えながら、私は最初に手に取ったネイビーのドレスを再び持ち上げる。「これを」そうスタッフに声をかけた。「いい加減にしろ!」恒一さんの声が、今度ははっきりと怒りを帯びる。「自分の立場が分かっているのか」その視線は真っ直ぐに私へ向けら
やはりいつもと違う部屋だからか、昨日のことがあったからか……。遅くまで寝付けなかったこともあり、気づけばブラインドから明るい日差しが差し込んでいた。「どうしよう!!」朝食の準備が間に合わない、そう思った私だったが、不意に別に作ることはない、そう思った。今日は土曜日。恒一さんも会社は休みのはずだ。美咲が彼と一緒に夜を過ごしたのなら……。そこまで考えて小さく息を吐いて、ベッドを下りた。スーツケースの中から着やすいワンピースを選ぶと、それに袖を通す。ゲストルームということで洗面台もついたこの部屋にいて、むしろ良かった。そんなことを思いつつ支度を済ませた。美咲が現れる前は、夫婦なんて到
あの食事会から一か月近くが経つが、恒一さんとは相変わらずの日々が続いていた。 毎日彼のシャツにアイロンをかけ、食べるかわからない食事を作り、待つ日々。彼は社長として多忙な日々を送っていて、感情をあまり表さない人だと思っていたが、それは違ったのだ。 美咲と話すときの恒一さんは、私の知っている人とは違った。冷たいのは私に対してだけだった。そのことは少しずつ私の中で、このままでいいわけがないという思いに変わっていった。どうにかして離婚を――そう考え始めたとき、ありえない連絡が入った。「美咲を、しばらくお前の家で預かってほしい」父からの電話に、私はさすがに「は?」と声が漏れていた。「な
仕方なくキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けると、中に並んでいる食材はどれも昨日までの自分が用意したものばかりであることに気づき、思わず小さく息を吐いた。当たり前だ。この家で食事を作ってきたのは、ずっと私だったのだから。私はいつも通りに味噌汁を火にかけ、卵を割り、焼き魚を用意した。出来上がった料理をトレイに乗せてダイニングへ運ぶと、リビングでソファに腰かけている恒一さんと、その隣に当然のように身を寄せる美咲の姿が目に入った。その距離の近さに、これが預かっている妹との距離かとため息が零れ落ちそうになる。「できたわ」それだけを告げて仕方がないので、自分も食べようと席に着こうとした時だった。「
寝室を一緒に使おうがどうだろうが、この部屋にいるとまた何かを言われそうだと思った私は、家を出て行くことも考え、荷物をスーツケースに詰めていく。特に大した荷物もないし、とりあえず出て行ったとしても、母のお金を使わなくても働いていた頃の貯金もある。今まで盲目的に父の言うことは絶対で、そうしなければ継母にも怒られる――それがトラウマになっていたのかもしれない。普通に考えれば、こんな私にメリットのない結婚をする理由などないのだ。それ以外にも、この結婚をした理由はあるのだが……。しかし、離婚しようと私が言い出したところで、あの人たちが了承するとは思えない。私はそこで一息つくと、荷物を持って一







